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マグカップの裏

プログラムとか、思ったこととか、料理とか

本を読むことが教養を育むことに繋がるのかなと考えていた

最近、よく本を読んでいる。 というより、意識して読むようになったという方が正しい。もともと行動経済学の本は面白いと思えるのでよく読んでいたし、ブログで稼いでる人の本も一度読んでみたかったのでセール品を買って読んでみた。あまり期待していなかったがそこそこ面白かった。成功譚としても、自己啓発的な本としても。

じゃあ、本を読む目的ってなんだろう。 というか、私がここ最近になってよく本をよむようになった理由ってなんなんだろうと考えた。 答えは意外と近くにあった。というより、はじめから見えていたが見てみないふりをしていた。 答えは劣等感であったと思う。思うというより、おそらくそうなのだ。

転職後、周りは自分よりできる人ばかりで、おまけにここ最近ミスが頻発していた。気をつけていれば起きないミスだ。 そういうことを繰り返していると劣等感を感じるのは人としておかしな反応ではないと思うし、事実周りと比べて私は劣っている。 その劣等感をただ感じることが必要なことかというとそんなことはないと本能的にどこかで知っていたようで、本をよむという行動に移していたようだった。 しかし、それに意味があるのか。彼らの教養は、本を読むことで養われたことではないはずだ。 もちろんそういうのもあるだろうけど。 実践して初めて身になることも、私は経験的に知っているので、どこかで実践に移せると信じている。本能的に。

念のため(誰に向けてかは分からないが)書いておくが、私はこの劣等感を正面から受け止めることができる。 別にその劣等感で死にたいとか思ったりもしない。なんでかというと、その劣等さというのは給金と言うかたちできちんと現れているし、だれも問題視しないからだ。