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マグカップの裏

プログラムとか、思ったこととか、料理とか

数学の再勉強をしていて思い出した話

# 数学のお勉強をしている わけあって数学のお勉強をしている。というか、機械学習エンジンを使って何々をしたいとなった時に知ってたほうが良さそうなものを知っておきたくて勉強中。 この本の評判が良かったのでとりあえずこれを読んでいる。まだ途中だけど、確かにわかりやすい。わかりやすいというか、複雑な理論を深読みしない感じがする。なので深い理解はできないと思う。

思い出したこと

学生の頃のことだ。もっと数学ちゃんとやってりゃあよかったというような話ではない。 私は数学は得意じゃなかった。中学生までは得意だったし、理解できないってことはなかった、と思う。 だけど高専に入ってからはひどい有様だった。 1年〜3年ぐらいまではもはや理解することができないのが普通だった。何となく分かるような、わからんようなというふわっとした理解。 4年ぐらいからは少しずつ分かるようになった。といっても、成績が良くなったかというと結局積み上げたものがものなので残念ではあった。

思い出したことの核はそこじゃない。テスト前にあったやりとりのことだ。 この章のこれが全く理解できない、というような話をした時の話だったと記憶している。確か、3年ぐらいかな。よく覚えていないが、1年の頃から担当していた先生だったのは覚えている。 先生に聞きに行けばいい、彼はちゃんと分かるまで教えてくれる、と言われた。 もちろん私はそうしていた。成績は悪かったけどテストの成績を丸っと捨ててたわけではない。 だけど、先生にお前にはもう教えてもしょうがない、というようなことを言われた。確かに理解は遅かったし散々色々聞きに行っていたので、投げたくなるのもしょうがないかもしれない。教えてくれないというならしょうがない、と思って自習していた時にその会話があった。

当然、聞きに行ったけどこういわれたんだ、と説明をしたら、そんなことはないと即座に否定された。 そんなことはない、と言われても、私が観測した事実をありのままに伝えただけなんだが…。 いやあ、こういわれたんだよ、だから聞きにいけないんだ、という話をした。 そうすると、今度はお前が真面目にやってないからだろと言われた。

何を真面目にやってないからと言いたかったのかしらないが、少なくとも質問をしにいってまじめに話は聞いていたし、授業もちゃんと受けていた。理解はできなかったが。 いや、まじめにやってたと当然反論したが、まじめにやってたならちゃんと教えてくれるはずだ、と一点張りをされた。

# 思い出してちょっと考えたこと 私は果たしてまじめにやってなかったんだろうか、とまず考えた。真面目にやってないって、どこからどこまでだろう。少なくともその時の勉強に対する姿勢は真面目だった。 もしかしたら、お前は今まで真面目に生きてこなかったというぐらい広い範囲をさされていたのかもしれない。少なくとも数学に対して。 そうなると、なかなかひどい話で取り返しはつかないということになる。

もう一つ考えられるのは、留年しそうな奴らと優秀な奴らを教えるのに手一杯だからお前みたいな中途半端な奴にかまってられないんだという意図で教えるのをやめられてしまったということ。留年は教師サイドとしてもある程度は避けないと行けないみたいなものはありそうだし、留年しそうになってあとからゴネられるのもいやだろう。 優秀な人は高度な質問をしてくるだろうし、優秀な人を育てるのは彼らの仕事でもあるだろう。 そう考えるとある程度説明がつく。

この下らない思考の中にあるもの

なんだってこんなことを考えないといけなかったかというと、私の中にある数学への苦手意識がここ数日の勉強でまた顔を出したからだ。その頃の勉強と違って無理にやらないといけないということもないのだけど。 じゃあ考えた先に何があるかというと、この劣悪な脳みそに数学とかいうキテレツな学問を理解させるために努力を続けるしかないという悲しい現実だけである。